Contact

Link and Publish your data

to the Linked Open Data Community

Linkdata Work Information




Select a file name to see the detais.
   
#LINK
#lang ja
#attribution_name 栗田翔英
#license http://creativecommons.org/licenses/by/3.0/deed.ja
#file_name kawane_ibennto
#download_from http://linkdata.org/work/rdf1s9656i
#property イベント名 開催日 開催時間 開催地 説明 内容 電話番号
#object_type_xsd string string string string string string string
#property_context Assertion Assertion Assertion Assertion Assertion Assertion Assertion
1 梅津神楽 1月第3土曜日 12:00~ 〒428-0401 静岡県榛原郡川根本町梅地175-2 室町時代の応仁元年(1467)、京都は足利将軍家の相続争いから内乱が生じ、文明9年(1477)までの11年の間、東軍と西軍に分かれて、いわゆる応仁の乱の戦乱に明け暮れました。このころ、京都梅津(右京区)の里に住んでいた筑地氏は、一族を率いて都を落ち、信州飯田を経て深山に分け入り、この地にいたって村を開いたといわれます。(文化9年桑原藤泰著「はまつづら」より)村を開いた筑地氏は、京の梅津にちなんで梅津と名づけ(後世梅地となる)氏神を勧請して自ら神主となり、その社前で奉納したのが梅津神楽の濫觴(らんしょう)と伝えられております。梅津神楽は、梅地の こだま石神社、犬間の若宮神社の祭典の前夜祭に奉納されるもので、昭和31年から両神社隔年交互に行うようになり、昭和47年には静岡県無形民俗文化財の指定を受け現在に至っています。奉納は両神社の氏子らが一年交代で演じてきましたが、過疎・高齢化で氏子の数が減り、平成15年(2003年)から梅津神楽保存会(会員約30人)が中心になり、毎年1月の第3土曜日に奉納しています。若い後継者の育成を目的に地元児童が参加して、伝統の神楽の継承に努めています。 正午から神楽式という神事が行われ、午後4時ごろから深夜まで舞が続きます。約9時間かけて16の舞を奉納する神事 0547-59-2746
2 お茶の里ファミリーマラソン 3月上旬 〒428-0313 静岡県榛原郡川根本町上長尾627 毎年恒例のお茶の里ファミリーマラソン が今年も開催されました。 今回も町内外から多くのランナーが集ま り、1km・2km・3km・5km の各部 門合わせて 290 人が参加しました。 特に 1km・2km は年齢制限なしのファ ミリーの部として小さなお子さん連れでの 参加も可能となっており、手をつないだ親 子が楽しそうに汗を流す姿が見られました。 1km・2km・3km・5km の部門に分かれて走る
3 春を呼ぶ天狗まつり(春分の日) 3月(春分の日) 19:30~21:00 寸又峡イベント広場
4 平谷の流したい 44756 17:00~ 川根本町平谷 平谷の流したいは、毎年7月14日夕刻に、青竹と麦わらを束ねた上に「たいまつ」を立てて大井川へ流す行事。江戸時代の文政11年(1828年)7月に大洪水が生じた際、疫病の犠牲者の霊を慰めるために水の神「津島神社」に流灯をささげたのが始まりとされる。かつては台座に数人の若衆が乗り、たいまつの火の粉を浴びながら川を下る勇壮さもあったという。戦時中も中止されることなく続けられ、川根本町指定無形民俗文化財に指定されている。 青竹と麦わらを束ねた上に「たいまつ」を立てて大井川へ流す行事。 0547-56-2232
5 徳山の盆踊 44788 〒428-0301 川根本町徳山2893 徳山の浅間神社では、毎年8月15日の夜、鹿ん舞、ヒーヤイ踊り、狂言が行なわれている。鹿ん舞は、露払い2名、鹿頭を冠った牡鹿1名、牝鹿2名、ひょっとこ数名(人数に制限なし)いずれもその年の20歳になった若者によって行なわれることになっていたが、近年は中学生によって受け継がれている。頭につくり物の鹿の頭を付け、紺の股引きに法被腹掛けわらじばき、両手に長さ30cmの紅白のだんだら巻の棒を持ち、前かがみになってその棒の両端をからみ合せるようにして回しながら、鉦・太鼓・横笛・拍子木など囃子に合わせて大股で鹿が飛ぶように舞う。初めは軽く静かに、やがて大股にさっそうと、そして最初の位置にもどる。これを三度繰り返すと一舞終えたことになり、一舞終えるごとに牡鹿が牝鹿をふりかえると、鹿も囃子方も大声で、「ソーリャア・ウン・ハイ」と叫び、10数mの距離を突っ走り、また元の静かな踊りにもどるという素朴ながら勇壮な踊りとなっている。この鹿ん舞は、昔作物を荒らす鹿などの獣を追い払い、豊作を祈ったことから起こったと伝えられているが、いつの頃からか、神社の境内で行なわれる盆踊り(ヒーヤイ)を警固するものに変ったといわれている。15日の夕刻になると祭りの頭屋(当屋)を出発し浅間神社へ向かい、途中、地蔵堂に立ち寄って3度踊る。行列は、露払いを先頭に、次にミコシ・牡鹿・牝鹿・ひょっとこ、囃子方(1)、高張ちょうちん、囃子方(2)、神職、氏子総代、踊り子その他がつづく。神社につくと2.5間・4間の舞台があり、その上で「神寄せの式」を行ない、続いて舞台の上で盆踊りが、舞台のまわりでは鹿ん舞が行なわれる。土地の人がヒーヤイとよぶ盆踊りは、歌の中に「ヒーヤイツン・テン・トン」という囃子詞が入っていることからこう呼ばれているもので、境内に作られたやぐら舞台で老人の唄う歌に合せて、10才前後の少女たちが京の舞妓姿で踊るさまは優雅で美しいものである。現在では、神よせ、桜花、ぼたんなどの16番が残されている。このあと狂言が行なわれるが、現在は題名のみが伝わり「百姓狂言」など実際に演ずる種目は少なくなっている。現在残っている台本の一番古いものは宝暦9年(1759)と記されたものである。昭和62年、この盆踊りの形態が、古歌舞伎踊りの初期の仕組みを伝承するもので、これに動物仮装の風流が添えられているなど地域的特色にも富んでおり重要だということで国の重要無形民俗文化財の指定を受けた。 成人が演じる「狂言」、少女らによる小歌踊り「ヒーヤイ」(「ヒーアイ」とも)、少年らが鹿に仮装する「鹿ん舞(しかんまい)」の三つの演目 0547-57-2843
6 百八たい 44789 19:00~ 下長尾地区(中川根南部小学校前)の大井川河川敷 下長尾「百八たい」(ひゃくはったい)は、毎年8月16日に下長尾地区大井川河川敷で行われる、盆の送り火です。地元の方のお話では、百八たいは下長尾地区で昔から行われてきた儀式で、起源は川施餓鬼(かわせがき。水死人の霊を弔うための供養)であったとも伝えられているが定かではなく、現在の形式になったのは昭和50年代とのことです。下長尾地区(中川根南部小学校前)の大井川河川敷に下長尾地区ほぼすべての世帯が約2メートル間隔でたき木の山を作ります。(総延長約150m) 午後7時過ぎに一斉に点火され、かがり火は一度に燃え上がり赤々と辺りを照らします。炎は川面にも映りこみ、幻想的な風景をつくり出します。 下長尾地区(中川根南部小学校前)の大井川河川敷に下長尾地区ほぼすべての世帯が約2メートル間隔でたき木の山を作ります。(総延長約150m) 午後7時過ぎに一斉に点火され、かがり火は一度に燃え上がり赤々と辺りを照らします。炎は川面にも映りこみ、幻想的な風景をつくり出します。 0547-56-2232
7 地名の平 案山子コンテスト 西暦奇数年の9月~10月 川根本町地名地区の田んぼ 川根本町地名地区では2年に一度9月末から10月末日まで地元主催の「地名の平(じなのたいら)案山子(かかし)コンテスト」を開催しています。この催しは、川根本町地名地区の住民が、秋の豊作に感謝し、地名区民のふれ合いと助け合い、そして健康に良いとされる笑いを目的として2007年から開催しているものです。趣向を凝らした手作りの案山子は、水田の中央水路沿いにずらっと並びます。地区の各班や個人から出品される案山子は毎年15~20体。作品はその年の話題や流行を取り入れたものが多く、どれも個性的でユニークな力作ばかりです。期間中、区民及び見学者による投票を実施し、豊作賞、大笑い賞、アイデア賞、微笑み賞などの各賞を発表し表彰します。一面の稲穂の光景は、秋ならではのもの。地名の平の稲刈りは9月末から10月上旬にかけて行われます。ぜひ、地名地区で実りの秋を感じてください。 地元主催の「地名の平(じなのたいら)案山子(かかし)コンテスト」、趣向を凝らした手作りの案山子は、水田の中央水路沿いにずらっと並びます。
8 徳山神楽 10月中旬 14:00~ 〒428-0301 川根本町徳山1860 徳山神楽は、江戸時代前期に定着し、代々氏子に伝えられてきたものと言われています。神楽歌を記した文書で現在残っている最も古いものは、延宝2年(1674)のものです。延宝というと四代将軍家綱の時代で江戸に歌舞伎が確立されたころにあたります。神楽式は、修祓・降神式から始まり、昇神式まで 一貫した儀式が行われ、「神の舞」「倭舞(やまとまい)」など15の舞が舞われます。創始の時代は明らかではありませんが、系統の上からは伊勢流の神楽といわれています。祭典当日は14時頃関係者全員が当屋に集合、「清めの式」、「四座の舞」を行ったのち、神社までの道行きが始まります。囃子方(はやしかた)の笛・太鼓の道行きの調べにのって、先頭は天狗(天狗は猿田彦大神を象徴し、神話に基 づいて手には大きな榊を持って神社までの道案内をします)、巫女、舞子、神職と続きます。列中には恵比須、大黒が道化した舞を舞いながら、見物人を笑わせています。神楽は、拝殿に設けられた神楽殿で行われます。男子は白衣・烏帽子(えぼし)・直垂(ひたたれ)・袴・白足袋、女子は白衣・紺袴・白足袋。舞は巫女による優雅な「四座の舞」、刀を手に勇壮な「剣の舞」、恵比須や大黒などの面をつけた「面の舞」、両手に松明(たいまつ)を持ち、燃えさかる火の粉の中で、笛・太鼓に合わせての華やかな「火の舞」などが行われます。 「神の舞」「倭舞(やまとまい)」など15の舞が舞われます。「清めの式」、「四座の舞」を行ったのち、神社までの道行きが始まります。 0547-57-2843
9 寸又峡和紙のあかり展 10月15日~11月5日 17:00~20:00 〒428-0411 静岡県榛原郡川根本町千頭270-1 寸又峡温泉は「日本一清楚な温泉保養地」を目指し、電飾性の看板や照明を最小限にとどめるなど、自然景観や温泉郷の風情を大切にした様々な事業に取り組んでいます。『寸又峡和紙のあかり展』は、その一環として、長い伝統を持つ「和紙」を使った“あかり”の作品を寸又峡温泉街に展示するもので、平成18年から行っています。公募により全国からあかりアート作品が集まり、寸又峡温泉街の歩道や旅館の玄関先に約600mに渡り展示され、和紙越しの柔らかな光で足元を照らしています。山々に囲まれた漆黒の闇の寸又峡に、和紙の持つ柔らかさ・美しさが風情をより引き立たせ、「癒し」「懐かしさ」を演出し、幻想的な雰囲気を寸又峡温泉にもたらしています。あかり作品は、どれもすばらしい力作ばかりです。洗練された造形美の和紙あかり作品の数々に出会えます。深まり行く秋。感動の夜を寸又峡で体験してください。 公募により全国からあかりアート作品が集まり、寸又峡温泉街の歩道や旅館の玄関先に約600mに渡り展示 0547-59-1011
10 寸又峡温泉感謝祭 12月6日・7日 19:30~21:00 〒428-0411 静岡県榛原郡川根本町千頭270-1 寸又峡温泉では、昭和32年の温泉が湧出した記念の日を祝い、毎年、12月6日、7日の2日間、「温泉供養祭・感謝祭」を開催、たくさんの人でにぎわいます。観音堂から天狗・山伏行列が出発、観光客もたいまつを持って行列に参加し温泉街を練り歩きます。山々に囲まれた漆黒の闇の寸又峡温泉街に、たいまつの灯りと笛の音が鳴り響き、幻想的な雰囲気に包まれます。寸又峡イベント広場に到着すると、この1年間利用した湯桶や椅子、そして割り箸などを供養し、天狗がお焚き上げを行います。乾杯の後は宴が始まり、ステージの上では勇壮な赤石太鼓の演奏、中部電力のアマチュアバンド演奏、豪華景品付き力自慢丸太切競争が観客を楽しませ、会場では鹿鍋・熊鍋・鴨鍋・猪鍋の4種類の鍋「きやんぼう鍋」が並び、蕎麦、おでん、やきいも、甘酒等が食べ放題、飲み放題。感謝の餅つきを行い、つきたてのお餅も振舞われます。12月6・7日の2日間は町営露天風呂をはじめ、多くの旅館では入浴が無料ということもあり、毎年、供養祭・感謝祭の日に寸又峡温泉を訪れるという方もいらっしゃいます。 ステージの上では勇壮な赤石太鼓の演奏、中部電力のアマチュアバンド演奏、豪華景品付き力自慢丸太切競争が観客を楽しませ、会場では鹿鍋・熊鍋・鴨鍋・猪鍋の4種類の鍋「きやんぼう鍋」が並び、蕎麦、おでん、やきいも、甘酒等が食べ放題、飲み放題。開催日の2日間は多くの旅館では入浴が無料 0547-59-1011
* Row count is limited to 100.